帰路

親子の馬たち

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ウランバートルへ

夜中にテントに砂粒がぶつかる音がした。はぁはぁはあの夜だけだったが、今度はぱらぱらか。虫がぶつかって落ちるのか、小動物が穴でも掘って砂粒を散らしているのか。
テントを叩いても音は止まないのだが、明かりをつけると音が止み、消すと始まる。え。やっぱ生き物のせい?
風がなくて静かなのはいいけど、静かだと余計物音が気になってしまう。

朝はスッキリ晴れてた。テント内で19℃。ちょうどいいね。
自分のテントを畳んでパッキング、朝食前に終了した。

心配したジャケットの量だが、うまいことトラックに収まった。
全部終わったら車を並べてその前で集合写真を撮る。

ズーンバヤルまでの途中の道で、石油を掘削しているっぽいエリアがあった。石油なのかな。

サインシャンドでガソリン給油中にトイレへ、といったらお寺のトイレに連れ行ってもらえた。このお寺、毎年外から見ているけど中にはいるのは初めてだ。
建物が3つあって、それぞれの中に聖職者と参拝者がいて、法事だか祈祷だか何かをやっていた。

お寺の外にはレクサスが2台停まってた。え、参拝者ってお金持ちなの!?

サインシャンドからウランバートルへの道は鉄道と平行している。
ドルノゴビのゲートにはラクダの像があって、観光客の撮影スポットになっている。

道中、カップ麺でランチした。ここでナラさんたち食堂車とトラックとはお別れ。

途中、牛が道路際まで来ていること数度、トイレ休憩時に馬の集団に遭遇。馬は親子の集団だった。

ウランバートルのホテルに着いたのは21時頃、相変わらず渋滞すごい。
その後、夕飯はまだ開いているバーガーキングにしてみた。帰りに「モンゴリアン・ファーストフード」とう店を見つけたので、次回来ることがあったら寄ってみようということに。閉店時間がわからなかったし、来年も店があるのか、そもそも来れるのかもわからないけど。

我々のツインの部屋が、トリプル仕様で、テーブルとかあって妙に広かった。この部屋だったら買ってきたものをみんなで食べる、でもよかったかも。

成田へ

翌朝早い。当初、モンゴルスタッフからはホテルを5時半に出るといわれていたけど、過去の経験からKさんたちが4時半にしてくれと交渉。前の晩、寝たのが0時くらいだからあまり寝れないわけだが、それは帰国してから寝ればいいので…。

ロビーで朝ごはんセットを受け取り、迎えの車を待っている間、セキュリティーエリアに持ち込めないヨーグルトを先に食べた。車の中でりんごも食べた。
空港入ってすぐのところにラーメン屋があり、早朝からやっていた。

帰路は3列・3列の小型の飛行機だ。
なんと機内誌に バルスボルド博士のインタビュー記事が載っていた! 記事はモンゴル語ページと英語ページがあった。英語ページを斜め読みしたところ、次のような内容だった。

  • モンゴルの恐竜化石と研究は世界的に貴重である
  • 1920年代の卵の化石発見とか、格闘恐竜とか
  • 日本は化石のかけらだけで新聞の一面に載る
  • 川沿いを機械や100人の学生を使ってかけらを探す。それだけのお金を使うならモンゴルに来いと日本人に話した

その先生のおかげで、我々素人が化石発掘できたり、日本の大学がモンゴルのフィールドで活動させてもらっているのだ。ありがたや。

日本に着くと、つくづく草の力を感じる。田んぼもそうだけど、そこらじゅう緑だ。
空港で 高橋さんにお蕎麦をごちそうになってみんなと分かれた。空港にあった地元農産物コーナーで初めて梨を買ってみた。千葉の梨、おいしかった! また機会があったら買いたい。

 


帰国後、ほどなく、バルスボルド博士の訃報を聞いた。
本当に、博士のお陰でこういう体験ができるようになったのだ。感謝しかない。合掌。

(追記:2026年も発掘に行けることになった! 竜脚類の続きを掘るぞー)